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「子どもの村福岡」は、認定NPO法人です。
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山形裕子さん

「子どもの村」が開村して、半年たちましたけど、いかがですか?

想像以上に体力使う仕事ですね。
私は、60才で応募したんですが、ほんとに体力に自信があるからなんです。体重計に肉体年齢が表示されるのがあるでしょ?それに37歳って出るんですね。
たとえば、体重20キロの子を20分間赤ちゃん抱っこして、寝かしつけたこともあります。やっぱり抱っこしてほしいんですよね。


そうなんですね。さて、ちょっと話しをさかのぼって、お伺いしたいのですが、山形さんは、どうして子どもの村に来られたのですか?

私は、女の子3人をアメリカで育てました。3人とも、アメリカの大学出て、アメリカで社会人になっていますが、実子の養育が終わり、人生で一つのことをやり遂げたと思うんです。
 その一方で、人生80年、現役80年と思っているんですが、60歳から80歳まで20年間あるわけで、その20年間、何かもうひとつやれないかしらと考えた末教師として子どもを育てた経験もあるので、子どもと関わる仕事がしたいと思ったんです。
これから私が養育していく子どもたちは、人生のハンデをほかの子どもたちより少しばかり多く背負っていることでしょう。でも、「人生は人それぞれ違うのよ。あんたは大切なのよ。あなたはここに生まれて来ただけで意義があるのよ。それをね、無駄にしちゃだめなのよ。」って、伝えたいんです。
ある時、わが子に、「ママに育てられて、何が嬉しかった?一つだけ教えてくれない?」って訊いたことがあるんですが、その時、一人の娘が「私を最後まで信じてくれたこと」って言ったんですね。それを聞いて、ああ、そうかー、と深く納得しましたね。これから養育していく子たちも最後まで、どんなことがあっても、信じてあげようっと思っています。


何か、アメリカのときのエピソードを、お伺いできますか?

アメリカの教育の素晴らしいところは、個性を伸ばすことと、できないとことを否定的にとらえないこと。それと、学習のプロセスを大切にすることですね。
次女はとってもゆっくりした子でしたが、幼稚園の時なんですけど、全然、作品が出来上がったものを持って帰ってこないんです。幼稚園って、だいたいそういう作品を持って帰ってくるのが普通なんですけど、うちの子供だけは、2ヵ月経とうが、3ヵ月経とうが、何も持って帰ってこないんです。
個人面談の際、先生にきいたら、「お宅のお嬢さんは、どんなお絵かきしようか、どんな構成にしようか、一生懸命、一生懸命考えて、時間内に作品ができあがらない。それは問題じゃないでしょ」て。
この次女が、もし、日本で教育を受けていたら、だめになっていたでしょうね。現在、アメリカでアート関係の仕事をしているんですよ。

 

実際に「子どもの村」で生活してみて、一番、印象的なのは?

それは、今津の自然とここの日の出、日の入りの美しさです。その美しさを見たいがために、子ども達と春先から、中庭の切り株のテーブルで、何度か夕ご飯を食べたんですが、最高のひとときでした。
また、夕刻にこうもりが500羽ちかく村の上空を横切るようにブワーっと飛んでいくのです。あんな光景何十年ぶりでしょうか。福岡市内で見られるなんて信じられないことです。



5年後はどんな感じになっているといいと思いますか?

子供なりの厚かましさで、お隣にあがりこんで遊んだり、お隣と一緒にご飯食べたり、お風呂入ったり、日によってはお泊りしたりという付き合いが日常的になっているかしら?これが一つの大家族、村だと思うんです。
それでも、そこそこの家で、そこそこのしきたり、家庭方針があっていいと思うんです。子供は、うちの親はこうだけど、あっちの育親さんはこうなんだと学んでいくことで成長し、自分の価値観をみつけていくんだと思います。
5年位経つと、そういうのが見えてくるかなぁって、思います。

 

そういう感じで、村全体が一つの大きな家庭になるといいですよね。

私たちは、オーストリアの「子どもの村」を観て来たでしょ。そういうのが60年の歴史の中で、できあがっているんですね。
お母さん、ドイツ語でムッター(Mutter)っていうのね、その言葉の響きのように、お母さんの貫録、オーラに圧倒されました。どっしりと構えて、子どもをあたたかく包み込むようなオーラ。その上に、明るさがあるんですよね。


半年間実際にやってみて大変だったことか、乗り越えたなってことはありましたか?

ここで働いている人たちは、日本初の「子どもの村」に、人生を賭けて前職を捨ててきています。最初は、「子どもの村」の理念に賛同して来た人達なんだから、みんな同じタイプの人で同じ価値観を持った人だって、思っていたわけです。
 でも、各々の家庭を築き上げ、村と言う一つの集合体を作るのは、一朝一夕に出来上がるものではなかったのです。ましてや、職場と家庭が同じ敷地内で営まれる訳です。
だけど、六ヶ月が経ち、いい意味の開き直りで、私達は、いろんなタイプの子どもを育てるからこそ、この村大人社会もそれを認めていかないといけないんだなぁって、やっと落ち着いてきたんです。


子どもも多様だから、大人の多様性もお互いに認めあわないと、って、そんな感じですね。

そう思ったときに、オーストリアのムッタの姿って、私には一つの姿しか見えてなかったことに気がつきましたね。
オーストリアのお母さん達も長年の歴史の中で同じような道を歩いてこられたのかもしれないなって、思いました。
いろんなタイプのお母さんがいて、それぞれの生活をしておられたんだって。
一方では、「子どもの村」として、5軒の家庭が同じ敷地内に、何の目的でいるんだろう、と考えるんです。
でも、それを早急に求めすぎてはいけないような気がしてきました。自分達が作るものではなくて、歴史と共に自然と培われていくような気がするんですね。
だからこれは、長い長いお話しなのです。


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